母乳で親子の愛を育む

母乳で親子の愛を育む

 

母36歳で第二子を出産。
最後の出産になると思うので、できるだけ、母乳中心で育てたいという方針でした。
第一子は、混合だったので、混合でもいいから、母乳中心に育てたいという強い意思がありました。

 

 

最大の栄養と親子の絆

 

やはり消化が良い事。
せっかく母乳が出るなら、一生のうちに与えられた、その期間を大事に使いたいと思いました。
第一子の時は、混合に近寄っていたので、母乳へのこだわりが、あまりなかったのですが、第二子を妊娠した時に、これが最後の授乳になるんだから、欲しい時に与えたい。
いらなくなるまでを限界としよう。と決めました。
後は、第一子の時に卒乳が1歳前で楽だった分、寂しさもひとしおでした。
それ程の密着期間は、これほどには、ないのではないか?と思った程です。
急に卒乳したら、赤ちゃんでは、なくなってしまった気がしたので、第二子には、好きなだけあげて、自分も納得できたら、結果良いのではないかと思っていました。

 

 

全部赤ちゃんのため

 

大好きなコーヒーは、やめられなかったので1日多くても、2杯までと決めていましたが、それ以外は、とにかく口にする物を意識していました。
もちろん、乳腺炎にかかってしまったら大変なので、香辛料やカロリーの高そうなものは、極力控えていましたが、甘すぎるケーキやデザートも少しセーブしていました。
その頃は、とにかく詰まるのが怖かったので、食パンにバターを塗るのではなく、天然のジャムとかきなこのクリームとかに変えていました。
今思うと、然程、食パンに塗るぐらいのバターでは詰まらないと思うのですが、第二子の方が口にする物への意識は高かったと思います。
後は、母乳中に、膀胱炎や高熱が出るなどのハプニングがありましだ、抗生剤は、飲まないという徹底ぶりでした。
搾乳をすれば、3-4日は、飲んでも良いと言われましたが、何かあってからでは嫌なので、病気を自力で治しました。

 

 

どこにいくでも

 

基本母乳なので、出先でも授乳室の在りかを、まず探すというのが癖になり、どこでもできるように授乳ケープの用意もしました。
実際、タイミングも図れず、屋外で欲しがる事も度々あったので、一番覚えているシーンで、観覧車の中でやったこともありたす。
車が渋滞していると、揺れる車内であげたことも多々あります。
母乳育児は、金銭面では助かるし、親子の愛が育める最高の手段だと思いますが、どこでもあげなくてはいけないという事、授乳時間や場所をいつも意識していなくてはいけないという点では、母乳をあげている時は、常に頭の中にその事が駆け巡っているので、振り回されていました。